古い日記

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先日阿檀さんちの「ネットワーカの遺言」というエントリーに私はこんなレスをつけた。

>昨年逝きそびれ騒ぎをやりまして^^;身辺整理をしなくてはいけないと考えたとき、いちばんにWEB上のブログや日記の削除、紙の古い日記の処分が思い浮かびました。生きた証を残しておきたいと考える人と意見が分かれるかも知れませんね。


これを見た知人が「そら~本人が削除するならともかく家族は故人の思い出(形見)を消すことはなかなか出来ないだろうね」と。

まあそれもそうだ。
であればなおさらのこと不慮の事故で逝ったらどうしようなどと考える…困ったものだ。なあんて言っていると人に見られて困るような日記をWEB上に残すな!ブログは「秘密の日記帳」でも「台所の伝言板」でもない!という声が聞こえてきそうですね。まあそうです禿同します。(^^;←自分のやっていることは非常に矛盾している)

では紙の日記はどうだろう?これもまた厄介なシロモノです。
日記の書き方というのは他人に見られることを意識して書く物と完全に自己対峙して掛け値ナシの本音を書く物とに別れると思うのですが後者の方がより日記本来の「自分の頭の中を整理するため」という主旨に近いと思います。

実は私の手許にはなんと10代の頃から綴った日記が残っていたりします。
先の知人がしみじみと「10代の頃の日記が残っているって羨ましいね」って言ってくれたのですが人生の最も多感な時期の心の軌跡は今読み返してみてるととても貴重な記録だと改めて感じました。
ふ~む人類の日記の歴史は古いと思うけど(WEB上に載せることの賛否はともかく)やっぱり日記を書くことはまんざら悪くはない…とまあそんなお話しでした。


今回のエントリーでは何故か萩尾望都の「トーマの心臓」で主人公のひとりトーマ・ヴェルナー がある決断を前にして日記を燃やしているシーンを思い浮かべてしまったのですが、願わくば自分で日記を処分出来るような逝き方でありたいと思う今日この頃です。

#ところで私ってそのころから全然成長していないなぁ。。。(涙


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