もう一度走りたい

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小学生の頃は背が高いばかりに運動会のリレーといえばいつもアンカー
それでも足が速ければいいのだけどのろまで土壇場でほかのクラスの子に抜かれていつもびり。
クラスのみんなのブーイングは当然ですよね。


もともと運動音痴でドッジボールをすればボールが怖いし、逆上がりなども出来なくていつも泣いているような女の子でした。
というわけで体育の時間は憂鬱でしたし、運動会などは大の苦手でした。


そんな私でしたが大人になって何故か「走る」ことに目覚め、走る楽しさを知りました。
このまま走り続ければ空まで翔んでいけるんじゃないだろうかと思えるほどの高揚感を覚えることもしばしばでした。

多分それは競争のない安堵感や、マイペースの走りから生まれる充実感だったのかもしれません。
いつの間にか20年以上にわたって「走る事」が生活の一部になっていました。




だから、フットワークには人一倍自身があった。


ところが。。



ある朝目覚めてベッドから立ち上がろうとすると突然歩行困難になり、壁や階段にぶつかりながらでないと歩く事もままならない状況に陥っていました。
まるで泥酔状態の千鳥足のような感じです。
晴天の霹靂とはまさにこんなことを言うのでしょうか。。。
おまけに左半身の表層神経が完全に麻痺してまるで他人の手足のようです、精神的ショックも手伝ってろれつも回りません。
慌てて近所の救急病院に駆け込みました。
確かに前夜の就寝前は気分が悪く、左手の多少の痺れなどの異変は感じてはいたのですがこんな騒ぎにるなんて誰が想像したでしょう?





結局、紆余曲折を経て右の延髄の脳幹梗塞であることが判明したのは発症から3日目のことでした。血栓から起きる梗塞の治療は一分一秒を争う時間との勝負といわれますがここで大きく出遅れてしました。
脳幹とは文字通り脳の「幹」にあたる重要な部分であり、中でも延髄はもしもメスを入れたら即死と言われるほどの生命維持の中枢回路なのだそうです。あと数ミリ血栓が大きければ死に到る微妙な場所だったのです。

それでも病名がハッキリしたときには不思議な安堵感がありました(笑)
入院は最低2週間、職場に復帰できるのは1ヶ月はかかるだろうと宣告され、途方に暮れていたにもかかわらず、開口一番私が担当主治医に尋ねたのは


「先生、もう一度走れるようになりますか?」
だった。



ただただ空に向かって無心に走りたい。
たったそれだけのために絶望の底から這い上がってみようかと思い直したのでした。




かくてこの事件は明日はわが身と同年代の友人達を十分にへこませるという副産物を残して桜の季節の終焉を飾ることとなりました。





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