2008年04月

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「明日も雨が降るらしいよ、それでも行くの?」
「うん。。。雨が降ろうと槍が降ろうと行くよ」


4月3日の決行予定で讃岐うどんの聖地巡礼を周到に準備していたのですが、急な入院でぶっ飛んでしまい意気消沈していたのですが。。。

で、退院の翌日にリベンジ! ← 莫迦

いや、本当のところはさすがに体力にも不安があり、体調も100パーセント回復したわけではないし、気分的にも次の週がよかったのですが同行者と日程が合わず退院翌日の決行とあいなりました。(不謹慎ですねぇ)


今回は往復とも瀬戸大橋を使うので坂出インの坂出アウトとなります。

どう考えても坂出から入って「彦江製麺所」をまたいで通るわけにはいきません(爆)
というわけで駆けつけ一杯目はやっぱり「彦江製麺所」です。
8時33分に到着したときはすでに5人ほど行列が出来ていました。
(瀬戸大橋を飛ばすと早島ICからここまで33分で到着ですw でも走行距離は40キロ程度だからそんなもんか。。。)

彦江製麺所外観
 すでに先客がいたw

彦江製麺所張り紙
 昔はこんなはり張り紙さえ無く、看板も無いためわかりにくさでは県内でも1、2を争っていたらしい、。。。
 製麺所だからこれでいいのだw


待つこと10分で開店です。
しばらくすると後から来た地元の常連さんがいの一番にどんぶりに2玉分のできたてのつやつやのうどんにすり下ろしたショウガと醤油をぶっかけて食べ始めました。
「それは何ですか?」と思わず尋ねた私w
「釜揚げだよ」
順番が回ってきて「釜揚げ」は出来ますか?と聞くと
「次にゆでるまで待ってもらわないといけんなあ、さっき水にあげたばかりだから」
そうか。。。それで常連さんは一番に釜上げをもらっていたのか。。。と納得。

つめたいの
 つめたいの

張り紙
 ここにも余波が。。。


ということであっさり諦めていつものつめたいのを注文。。。
打ちたて茹でたての贅沢な麺と濃厚ないりこだしの逸品におろし生姜とネギをのせ惜しげもなく掻っこんで満足♪(爆)
この日はちょっと硬めだったけどやっぱりここの麺はのコシはサイコーです。

しかるに。。。このお店は足下に出汁の鍋がいくつも置いてあるのですが、初めて見たときはその光景に度肝を抜かれたものです。今では慣れっこになってしまいましたが(笑)
誰も蹴飛ばす人はいないのだろうか。。。とひやひやするのは私だけ?





後はひたすら11号線を東に走れば高松まで30分程度で到着のはず。。。
時間がちょっと余ったので同行者が「がもう」に寄り道しようと言い始めました。
ワタシ的にはこのあたりをうろつくのであれば「田村」に突撃したかったのですが開店が9時半なので時間的に無理かも知れないと残念ながら今回はパス。


そして曲がりくねった細い道を抜けて「がもう」に到着。
朝の9時だというのに行列こそありませんがすでに店内はお客さんで満席、外の席にも人が溢れています。

がもう外観
 がもう外観

お店に入ると調度麺をゆでている最中でしたので先ほど食べそびれた釜揚げを注文。
ちょっと太めのもちもちした麺にネギをトッピングして醤油を掛けて頂きました。
熱々をふうふういいながら食べる幸せ。

がもう釜揚げ
釜揚げ

絶妙の麺のゆで加減と弾力、醤油のシンプルなハーモニーに酔いしれてあっという間にどんぶりは空になりました。雀さんにあげる余裕などまったくなし(爆)

ここでお土産うどん(生麺)をゲット。何の変哲もないフツーのポリ袋に無造作に入れられているのを見てうどん通の友人に差し上げてどこのうどん店か当ててもらうクイズをしようとひらめいた(笑)



さて次は本日の本命「竹清(ちくせい)」に向かいます。
竹清はここの半熟卵天ぷらを食べずして語るべからずとまで言われているほど天ぷらが有名なお店です。
最近では福山雅治が訪れたことでも話題をさらっているようですがw

前回は60分以上並んだ末に半熟卵天ぷらは目の前で売り切れ、注文したちくわ天もうどんを食べ終わって15分もしてやっと供されるという具合でかみ合いませんでした。
(ちくわの天ぷらそのものはとてもおいしかったんですけどね。。。)

ここは午前11時開店ですが次に訪問するお店のことも勘案して10時30分必着のイメージです。
しかし実際には「がもう」を9時20分に出発したので9時40分に「竹清」に到着してしまいました。近くのコンビニで時間つぶしをしていざ出陣。

竹清外観
竹清外観 

10時30分に店の前に行ってみるとまだ誰も並んでいません、店内ではすでに女将さんが天ぷらを揚げ始めています。
路上にクルマを停車して待つこと20分ちらりほらりとお客さんが集まってきたので近くの駐車場にクルマを置いて行列に加わりました。

お店は11時2分に暖簾が出されて開店となりました。

この店の「半熟卵天ぷら」を食べたいと恋い焦がれて苦節2年(爆)やっとかなう時が来たのです。
天ぷらを好きなだけ取り、ゆでたてのうどんをもらい熱い出汁をかけショウガのすり下ろしとネギをのっけて席に着きました。


半熟卵天ぷらにいきなり食らいつきたいのを我慢してまんずとりあえずうどんを一口。
ちょっと太めのコシのある麺で出汁と絶妙のコンビネーションでとてもグー!
さて次は半熟卵天ぷらに箸をのばします。サクサクの衣を割ると熱々トロトロの黄身が飛び出して来て。。。うるうる。。。あとは言葉が出ません(笑)
写真を見ていただければそのおいしさが伝わって来ると思います。

半塾卵天ぷら
 とろ~り ホカホカ


竹清店内の行列
食べ終わる頃にはものすごい行列になっていました。

今日の「竹清」はうどんも天ぷらもタイミングもサイコーでした。
う~ん文句なしです。




◆◇◆

11時20分に竹清を後にして本日のもう一つのお楽しみの「はりや」に向かいます。
ホンの10分ほどで到着です。

はりや外観
はりや外観

ここも行列覚悟のお店で何と言っても「かしわざる」で名を馳せている人気店です。
あちこちで絶賛の呼び声が高く自ずと期待もふくらみます。
女の子二人なので「かしわざる」とかけうどんを注文。
カウンターからは厨房の様子が丸見えなのでうどんを待っている間自ずと目が行ってしまいます。
げそやエビ、カボチャなどの天ぷらががんがん揚げている隣で大将がうどんをゆでています。しかし名物のかしわの天ぷらを揚げているところはついに目撃することは出来ませんでした。

はりや店内
カウンターからの目線

というのは。。。待ちに待った「かしわざる」が供されてみるとまず、かしわのてんぷらがざるうどんの左上あたりに雑然と乗っかっていて見るからに不味そうな仕上がりだったのです。写真で必ず見かけたレモンも割愛されています。こうなると食べなくても想像がつくというもの。
実際に食べてみてもサクサク、ジューシーなどとは間違ってもいえないシロモノで少し冷めており、揚げ油のコシもなくなっていた物を使っていたようです。下味の付け方も胡椒が勝ちすぎていると思いました。

私はもちろんこの店は初めてなのですが、かしわの天ぷらなり唐揚げという物は普通は「もも肉」を使うのが常識であり、ジューシーな食感はそこから生まれる物だと信じていいます。
しかしこの日のかしわの天ぷらは「胸肉」が使われていました。ヘルシーである分加熱するとぱさぱさ感が強調されるので扱い方が難しい部位です。

この店が始めから胸肉を使っていたのか最近になってもも肉から胸肉に変更したのかは解りませんが素材選びから疑問が湧きました。

うどんはちょっと細めで繊細。かけうどんとはマッチしていましたが、水で締めたざるうどんとしてはコシがイマイチ足りないように感じました。 


で、結局のかしわの天ぷらが残ってしまい女の子二人で顔を見合わせているとお店の人が気を利かせてラップを持って来てくれました。こんなさりげない心配りが行き届いているだけにとても残念な気持ちで店を後にしました。


まあねえ。。。あのサクサク天ぷらの「竹清」の直後ですから仕方がないのかも知れませんが。あ~でもレモンは割愛しちゃいけませんw
期待が大きすぎたんですかね。。。orz orz






この後は「おか泉」で冷天おろしを食べる予定だったのですが本日はてんぷらで胸がいっぱいになり4件でお開きとなりました。(爆)
坂出北IC近くのこの店を横目で見ながらさよならをしました。



8:00発  早島IC
8:20着  坂出北IC

8:33着  彦江製麺所
9:03発 

9:00着  がもう
9:20発  

9:50着  竹清 
10:30着  コンビニで時間を潰した後再び竹清       
11:20発

11:30着 はりや
12:20発 



訪問日 2008年04月18日(金曜日)

次は田村か白川か。。。どちらも怪しくおいでおいでをしているような気がしてなりません(笑)





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病院というところは何度言い聞かせても点滴を勝手に引っこ抜いて徘徊したり、深夜に咆哮したりと看護師泣かせの患者が数多く棲んでいる。



元気を取り戻した私は同室のそんな患者さん達のお目付け役を言い付かっているのだが。。。


私も実は不良患者をやっている。
21時の消灯と点呼をすませたあとちょっとふらつく足取りでこっそりと病院を抜け出してこのあたりでは有名なたこ焼き店や、コンビニに出没して娑婆の空気を味わっているのだ。

この病院は24時間救急外来を受け付けているので人の出入りには無頓着なのは助かる。。。もちろん無断外出が病棟の看護師さんたちに見つかれば大目玉を食らうとは必定。
そんなスリルを味わいながら深夜に「どん兵衛天ぷらそば」をすすったり、1階の待合室でたこ焼きを食べるのはなかなか楽しい。


病院食で2週間も過ごすと、カレーとか、ラーメンとか、焼きそばとかそんなものが無性に食べたくなってしまうのだった。(爆)



三途の川のこちら側にはおいしい誘惑がたくさんあるのだ。。。


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抱擁

入院して12日目の朝



病院のリハビリとは別にこっそり独自の足のトレーニングを重ねて来た。
昨日初めて病院の屋上で走ってみたのだが、まっすぐ走っているつもりなのに左に左に傾いて旋回を繰り返した。
無理に続行すると左に転倒しそうだったので早々に切り上げた。


今日こそはと思い立ち早朝の屋上で恐る恐る走ってみた。
やった!まだスピードは出せないけれどちゃんとまっすぐ走る事が出来たのだ。
飛び上がるほど嬉しくて嬉しくて。。。熱いものがこみ上げて来た。



その朝、休日にもかかわらず患者の様子を見に来ていた担当主治医に廊下でばったり出会った。

「先生!(看護師さんに)しかられるから内緒よ。。今朝ね走れたの、走れるようになったの、ありがとう」といって思わず西洋式の感謝の抱擁をしてしまった。廊下という往来のど真ん中で(爆)
「よかったよかった、その調子ならきっと全部元通りになれるよ」と一緒に喜んでくれた。



一度失ってしまった「当たり前」をひとつひとつ取り戻す道のりの向こうには私を支えてくれた人たちの笑顔があった。

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入院してあっという間に6日が過ぎた。

容態が落ち着いたので脳の血管造影検査を受けることになった。
これにより動脈解離による右延髄の脳梗塞であることが確定、動脈解離による脳梗塞は若い人に発症する梗塞らしい。。。動脈硬化、血管の詰まりもなく、原因は全く不明。
ストレスであったり、整体などによる無理な運動であったりするとの説明を受けた。



教科書通りの脳幹梗塞の症状が出て、教科書通りの薬が効き、教科書通りの順調な回復を見せていると主治医から告げられた。


これって喜んでいいのか?(爆)
今まで「フツー」とか「教科書通り」とか全く縁がなかったんだけどなぁ。。。

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ある朝、脳梗塞を疑って慌てて近所の救急病院に駆け込んだ私。
MRIやCTを撮っても何も出ず、症状をどんなに説明しても理解してもらえませんでした。
「入院しても何も治療できないから自宅で安静にしてください」とだけ言い渡され何の解決策も導かれないまま帰されてしまったのです。


「そんな事言ったって実際にまともに歩けないし、左半身の表層感覚が麻痺してるし、何もないわけないじゃん。。と心の中で叫んでいました。」

かくて医療難民となった私は脳神経外科では有名な某総合病院にセカンドオピニオンを求むるべく訪れました。

担当の医師は私の訴えを注意深く聞き「その症状ならMRIを撮るまでもなく右の延髄の脳幹梗塞です」と即座に断言した。
「確かに初期の脳幹の血栓はMRIに映らない事もありますが、患者の訴えや様子を診て診断しないと。。。画像診断ばかりに頼っていてはダメです」
  


それは病名がわからず困惑していた私にとって「神の声」にも等しい言葉でした。
医療機器の進歩に伴って生身の患者を観察して診断を下すというもっとも基本的な事がなおざりにされた結果と言えるでしょう。


当たり前の事ですが、自分の命を守るのは自分でしかない。
病院(医者)選びが生死を別ける運命の分かれ目であると痛感させられた体験でした。





もう少しだけ「生きてていいよ」ということなのか(爆)


慢性的な医師不足が取りざたされる中、「診療してもらえただけでもラッキーじゃん」というブラックジョークが友人たちの間で飛び交っていたのは内緒w







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小学生の頃は背が高いばかりに運動会のリレーといえばいつもアンカー
それでも足が速ければいいのだけどのろまで土壇場でほかのクラスの子に抜かれていつもびり。
クラスのみんなのブーイングは当然ですよね。


もともと運動音痴でドッジボールをすればボールが怖いし、逆上がりなども出来なくていつも泣いているような女の子でした。
というわけで体育の時間は憂鬱でしたし、運動会などは大の苦手でした。


そんな私でしたが大人になって何故か「走る」ことに目覚め、走る楽しさを知りました。
このまま走り続ければ空まで翔んでいけるんじゃないだろうかと思えるほどの高揚感を覚えることもしばしばでした。

多分それは競争のない安堵感や、マイペースの走りから生まれる充実感だったのかもしれません。
いつの間にか20年以上にわたって「走る事」が生活の一部になっていました。




だから、フットワークには人一倍自身があった。


ところが。。



ある朝目覚めてベッドから立ち上がろうとすると突然歩行困難になり、壁や階段にぶつかりながらでないと歩く事もままならない状況に陥っていました。
まるで泥酔状態の千鳥足のような感じです。
晴天の霹靂とはまさにこんなことを言うのでしょうか。。。
おまけに左半身の表層神経が完全に麻痺してまるで他人の手足のようです、精神的ショックも手伝ってろれつも回りません。
慌てて近所の救急病院に駆け込みました。
確かに前夜の就寝前は気分が悪く、左手の多少の痺れなどの異変は感じてはいたのですがこんな騒ぎにるなんて誰が想像したでしょう?





結局、紆余曲折を経て右の延髄の脳幹梗塞であることが判明したのは発症から3日目のことでした。血栓から起きる梗塞の治療は一分一秒を争う時間との勝負といわれますがここで大きく出遅れてしました。
脳幹とは文字通り脳の「幹」にあたる重要な部分であり、中でも延髄はもしもメスを入れたら即死と言われるほどの生命維持の中枢回路なのだそうです。あと数ミリ血栓が大きければ死に到る微妙な場所だったのです。

それでも病名がハッキリしたときには不思議な安堵感がありました(笑)
入院は最低2週間、職場に復帰できるのは1ヶ月はかかるだろうと宣告され、途方に暮れていたにもかかわらず、開口一番私が担当主治医に尋ねたのは


「先生、もう一度走れるようになりますか?」
だった。



ただただ空に向かって無心に走りたい。
たったそれだけのために絶望の底から這い上がってみようかと思い直したのでした。




かくてこの事件は明日はわが身と同年代の友人達を十分にへこませるという副産物を残して桜の季節の終焉を飾ることとなりました。





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