2007年03月

2007年03月 に関する記事です。
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荒井由実のベルベット・イースターは1973年11月20日に下記のそうそうたるメンバーのバックアップの下にアルバム「ひこうき雲」からリリースされた名曲です。

キャラメル・ママ(細野晴臣、松任谷正隆、鈴木茂、林立夫)小原礼、駒沢裕城、他
今考えると本当に豪華なメンバーですね。

この歌詞は小雨の降るイースターの朝、まだ覚醒のしっくり来ない、けだるい中に、彼がデートのお迎えに来るまでのうきうきして、それでいて神聖な女の子の心象を描いた歌です。

私がもっとも共感できるのは

「空がとってもひくい
 天使が降りて来そうなほど
 いちばん好きな季節」

というくだりです。どんよりとした低い雲を天使にたとえて
これから始まる恋ものがたりに夢を添えてくれます。


今年のイースターは4月8日 復活祭(移動祝日)です。
ヨーロッパでは春を代表する行事です。
天使は舞い降りてきてくれるかな?


春まだ浅い季節の乙女心を歌った珠玉の作品です。

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1970年代に一斉を風靡した、女性を中心に大人気になった英国のアイドル・グループ、ベイ・シティ・ローラーズ(BCR)の元メンバーが米国アリスタ・レコードに未払いの印税の支払いを求めて米国裁判所に提訴した。英国BBCが21日が伝えた。

全世界で少なくとも7千万枚の売り上げがあったにもかかわらず、支払われた印税はたったの25万4000ドル(約3千万円)しかなかったという。

訴えでは請求額を公表していないが、弁護士の一人は数百万ドルに上るとしている。


これが事実であればあまりにもひどい話だ。彼らを支えた少女たちの夢を打ち砕くような裏切り行為であると思う。ベイシティ・ローラーズといえば「サタデーナイト」「二人だけのデート」「バイバイベイビー」などのヒットで甘いルックスとPOPな音で日本中の女の子のハートを掴んで大旋風を起こしたアイドル・グループだ。
こんな話は世界中どこにでもあるようだが、このようなメジャー・グループでのケースの判例は今後の訴訟にも影響するので気になるところだ。




しかしこの問題は所属事務所や、レコード会社だけの責任ではない、
とかく契約をないがしろにしがちであったアーティストにも責任はある。JASRAKの問題も絡めて日本のアーティストはもっと声を上げなくてはならない。

ファンはアーティストに対価を払いたいのだ。

# ちなみに「二人だけのデート」ははなまるマーケットのオープニングテーマとして使われている。

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ビルボードでNO1になったからといって日本で当たるとは限らないものですが、Carly Simonの「うつろな愛」は日本でもヒットチャートを賑わせました。

町田さんの資料によるとビルボードでは1973年1月から2月にかけて3週連続NO1に輝いています。


no secrets
1. The Right Thing To Do
2. The Carter Family
3. You're So Vain
4. His Friends Are More Than Fond Of Robin
5. We Have No Secrets
6. Embrace Me, You Child
7. Waited So Long
8. It Was So Easy
9. Night Owl Listen
10. When You Close Your Eyes




アルバム〈No secrets〉はHarry Nilson、Ringo Starなどを手がけたRichard Perryのプロデュースでロンドンで録音され1972年11月にリリースされました。
ゲストは、James Tayler(当時の夫)Jim Gordon、Paul&Linda、Mick Jaggarという豪華さでした。
中でも〈うつろな愛〉は意味深な歌詞、この歌に出てくる元恋人は誰なのか?当時付き合っていたとされるミック・ジャガーがバックコーラスで参加していること、衝撃的?なジャケット写真などで話題になりました。

当時中学生だった私にとってノーブラの薄手のシャツ姿をオモテのレコードジャケットに堂々と起用した彼女がとてもまぶしくて正視できなかった思い出があります^^;

歌詞と訳詞を見てみる?

【参考】1973年 日本で流行っていたのは…
小坂明子「あなた」
海援隊「母に捧げるバラード」
かぐや姫「神田川」
チェリッシュ「てんとう虫のサンバ」  
                    

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The DoorsはJefferson Airplaneなどと並ぶ、L.Aのいわゆるサイケデリック・ロック(Psychedelic rock)を代表するグループだ。

the doors

The Doorsはウィスキー・ア・ゴーゴーで演奏していたのがきっかけでデビューが決まったといわれる。1960年代後半のL.Aははヒッピー、フラワームーブメント、グラス、トリップなどという言葉とともにPsychedelic rockがもてはやされていた。
あの頃のなんともいえないおどろおどろしい雰囲気は形容がしがたいものがあり、そんな中で「ハートに火をつけて」は1967年に3週NO1に輝いた。

私はそんな妖しさに惹かれたのかもしれない。
ジム・モリソンの独特のボーカルは時にSEXYで時に破壊的でカリスマ的魅力に溢れており、夜な夜なターンテーブルに乗せてひとり悦に入っていたw




今回は品行方正なエド・サリバンショーに出演した時のいわくつきのライヴを紹介しましょう。
当時大人気だった同ショーに出演する条件としてドラッグをイメージさせる"girl, we couldn't get much higher"を"girl, we couldn't get much better"に変えて歌うことを約束させられていたが、生放送では変更を無視して歌いエドの逆鱗に触れたというものだ。


エドサリバンショーでの不名誉なライブをみてみる?

#でもさエドサリバンショーの著作権を管理しているSofa Entertainment が何でGoogleに対してクレーム入れないんだろう?以前私がようつべにうpした時には1週間で強制削除を食らったのになあw



【参考】1967年 日本で流行っていたのは…
「真っ赤な太陽」美空ひばり
「ブルーシャトー」ジャッキー吉川とブルーコメッツ
「小指の思い出」伊東ゆかり

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春ですね~


先日「世界ウルルン滞在記」で紹介されていた【菜の花のオレキエッテ】を再現してみました。
ちょっとほろ苦い菜の花は大人の味です。



オレキエッテとはイタリア語で耳たぶのこと。イタリア半島のかかと部分のアドリア海に面したプーリア地方の名物です。





今回はオレキエッテも手打ちをしましたが、整形に少々難ありだったものの、それ以外はなかなかの出来でした。当地のレストランのレシピで少し変わっているところは赤唐辛子ではなくてローリエを使うことでしょうか。このほうが優しい春の野菜の味を損なわないかもしれません。

一般的な菜の花のオレキエッテは菜の花、にんにく、アンチョビ、赤唐辛子、オリーブオイルを使いますが、ここでローリエを使うなどおよそ日本人には考え付かないハーブの使い方です。

しかし食べてみて納得でした。それは日本人が日本のハーブであるミヨウガやわさびの使い方に長けているようにイタリア人のハーブ使いのセンスの光る選択であり、ちょっと感動的な発見でした。



注)今回は畑から採ってきたブロッコリーで代用しています。

参考URL
http://allabout.co.jp/gourmet/italiancuisine/closeup/CU20031120A/  

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昨日はホワイト・デーだった。
朝の出勤途中自転車のかごの中や手に複数のお返しのプレゼントを携えた男性を複数目撃した。
独身の男性は自分で選び、既婚者は奥さんが用意して持たせたものだろう。
それはとてもほほえましい光景だった。

バレンタイン・デーは製菓業界の陰謀と周知されながらもお中元やお歳暮などよりよっぽど実生活での潤滑油の役割を担っているようだ。70才のおじいちゃんだってたとえオバサンから義理チョコをもらっても嬉しくていそいそとお返しを買いに走るご時世だ。
見返りを期待してチョコレートを贈る女の子はいないと思うけれど、思いが通じたにしろ、通じないにしろお返しを頂くと嬉しいものだ。


管理人も昨夜は思いがけない人からのホワイト・デーのプレセントで狂喜した。w



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前回でも触れましたが全米TOP40は何しろやたらと意欲満々の人たちの集う番組だったからスタッフからも矢口清治、山本さゆり、今泉恵子(現今泉圭姫子)、山本さゆり (敬称略)等の多くの人材が育っていった。それぞれの得意ジャンルを任されて番組内で活躍していた。

さて。手元の資料によると1982年2月20日の放送のNO.1は
J.Geils Bandの「Centerfold」 だった。

Centerfold? 何のことだろう?ここでこの番組ならではのみんなでお勉強が始まるのだ。どうやらこれは二つ折りにされた雑誌の綴じ込み部分の中開きページのことでこの場合はヌードになっている人のことををさすとわかってくる。

この歌は高校時代にあこがれていた天使のようなクラスメイトがいて、ある日エッチな雑誌をめくっていると中開きページでその彼女がヌードになっているのを見つけてしまい嘆き苦しむという男の純情のお話。そして迷った末結局この雑誌を買ってしまうという落ちまでついている。





ちなみに映画「俺たちに明日はない」のボニー役をしていたフェイ・ダナウェイとJ・ガイルズ・バンドのリード・シンガー、ピーター・ウルフとは1974年に結婚し1979年に離婚している。


聞いてみる?

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このはらはらドキドキのホットな番組はリスナーも巻き込んで《未知なる》外国の音楽についての好奇心を満たすために歌詞の意味や、スラング、地理、社会問題までも調べたり、はてはネイティブにたずねまわったりと、お互い情報交換がとても楽しく、勉強になる番組だった。リスナーもやたらと意欲に燃えた人たちが多かった。

そんなわけで毎週土曜の夜が待ち遠しかった。先週○○位だったあの曲はランクアップするかな?とか今週1位のあの曲は新記録を達成できるかな?とか、湯川さんに出されていた宿題は解決するかな?とか。
また湯川さんのお世辞ナシの本音のコメントや、記憶違いのチョンボなどには毎週手紙がどさっと届き良い意味で双方がフィードバックし合って楽しい相乗効果を生んでいた。

<Yesterdays Hits>のコーナーでは過去の懐かしいナンバーが紹介されほっと一息つくことも出来た。
たとえば1981年10月3日放送では
*IF・・・Bread
*Please don't go ・・・KC and The Sunshine Band

<Weekly Spot> では 60年代のヒットポップスとして
*I can't help myself・・・Four Tops
*Tell Me ・・・The Rolling Stones

などが紹介されていた。
ちなみにこの週のNO.1は ”Endless Love だったw。



Bread - If 1971年

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bily



ビルボードでNO1.こそ取れなかったが最高位3位を獲得した78年早春の大ヒット曲。後に彼を代表するナンバーとなった。

1977年にポール・サイモンやボブ・ディランを手がけたフィル・ラモーンをプロデューサーに迎え《The Stranger》を発表。このアルバムからのシングルカット《素顔のままで》は78年のRecord of the yearとSong of the yearを獲得した。
このタイトルって女心をくすぐるんだよね。今だって言われたら嬉しかったりする。
American Top40 with K1 Machidaによると最高位3位で終わっている。
しかし私にとってはNew Yorkを強く意識させるアーティストとの邂逅となった思い出深いナンバーとなった。
今ではNew York 市民の愛唱歌とも言われる「New York state of mind」(1976年)を知ったのはこのヒットのおかげだったw。

でも今回はようつべで
Elton John & Billy Joel の《Goobye Yellow Brick Road》
いちゃいましょう!なかなか珍しい顔合わせです。
Elton Johnの大ヒット曲ですが、しっかりBilly Joel節になっている。







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一発屋というのはどこにでもいるものだがこのThe Knackの「My Sharona」ほど顕著な例も珍しい。1979年の夏に彗星のように現れて5週連続No.1という記録を打ち立てて疾風のように駆け抜けていった。

シンプルなフレーズの繰り返しの単純な曲ながらぐんぐんと引き寄せられる全体の緊張感とスピード感が特徴だ。残念ながらアルバム全体をまともに聞いたことがないので他のナンバーがどんな出来であったのか私は知らないw。

79年真夏の夜の鮮烈な記憶として残っている。

The Knack



え?そんなん知らんという方は↓こちら
My Sharona

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先日近所の友人が熱々の手作り焼きたてピザを届けてくれた。
前もって連絡をくれていたので夕食にかぶらず感謝!持つべきものは料理好きの友人だ。
おいしかった(^^♪ありがとう


ピザといえばイタリア、実はナポリが発祥の地なんです。○○年前初めてナポリを訪れたときは世界3大美港の観光などそこそこに迷わずピッツェリアに走りました。当地の名物はなんと言ってもマルゲリータですね。濃厚なモッツァレラチーズとトマトソース、バジルのシンプルなイタリアンタイプの薄皮ピザです。石釜で焼いた熱々のピザは、とろけるチーズとトマトの絶妙のコンビネーションで感動的な体験でした。

イタリアでピザといえば専門店のピッツェリアで食べるもの。決してレストランでは味わえません。それはちょうど日本人がお好み焼きをお好み焼き専門店で食べることによく似ています。

おいしい本場のピザが食べたいならば迷わずピッツェリアに走りましょう。(もと添乗員のつぶやき)ローマにも専門店がたくさんありますよ。!

炭酸で割ったワイン片手に焼きたてのピザがあればランチには申し分ないでしょ?

#最近では観光客へのサービスの為ピザを置いているレストランも増えたようです。

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ブログというツールの普及によって誰でもが簡単に自分の情報を発信できるようになりました。その便利さの反面、無断転載や肖像権の侵害などトラブルも多発しています。

今回は引用の仕方の条件を確認してみましょう。
引用の条件とは?

Wikipedia より
条件
著作権法において正当な引用と認められるには、公正な慣行に従う必要がある。最高裁昭和55年3月28日判決によると、「引用とは、紹介、参照、諭評その他の目的で著作物中に他人の著作物の原則として一部を採録すること」である。

1.文章の中で著作物を引用する必然性があること。
2.質的にも量的にも、引用先が「主」、引用部分が「従」の関係にあること。引用を独立してそれだけの3.作品として使用することはできない。
4.本文と引用部分が明らかに区別できること。例『段落を変える』『かぎかっこを使用する』
5.引用元が公表された著作物であること。
6.出所を明示すること。(著作権法第四十八条)



この中で当たり前のようでありながら悩むのがこれです。
なんだそんなの当たり前じゃないかといわれそうですが。
        ↓
5.引用元が公表された著作物であること。
インターネットの世界ではその特性上さっきまであったデータが消えということは多々あります。
たとえば興味のある記事にコメントを入れたけれど、何かの事情で削除されしまった場合(ログは自分が保管をしているなど)それを引用したいときは法的にどうなるのだろう?


著作権法

第4条 著作物は、発行され、又は第22条から第25条までに規定する権利を有する者若しくはその許諾を得た者によつて上演、演奏、上映、公衆送信、口述若しくは展示上映の方法で公衆に提示された場合(建築の著作物にあつては、第21条に規定する権利を有する者又はその許諾を得た者によつて建設された場合を含む。)において、公表されたものとする。

つまり公表された後に、削除されようが、絶版になろうが上記のいづれかの方法によって一度公衆に提示された場合は公表されたものとみなすということです。なので上記のケースは引用の条件に沿って行えば問題なしとなりますね。


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このところ仕事でストレスがたまっていた。
おひな祭りに自分だけのためにイチゴのタルトを買ってきた。

この店のタルトは絶品だ、サクッとしたパート・シュクレにしっとりとしたクレーム・ダマンドをかけて焼いてある。その上には上品なキルシュの効いたクレーム・パティシェールとクレーム・シャンティーと生のイチゴだ。
おいしくないわけはないよね。

自宅でこれだけの手間をかけたイチゴのタルトを作ると、間違いなく休日がぶっ飛んでしまうこと受けあい。かえってストレスがたまる可能性が大きい。 お菓子作りはお金と暇と心の余裕がなければ出来ないのだw

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何故ヒットしたのか本人にも原因不明という不思議な曲があるものです。

今回は何故か全世界で1000万枚のセールスを記録する壮絶なヒットを飛ばしたピーター・フランプトンの《Frampton Comes Alive!》のお話です。




1976年にリリースされたこのアルバムはいわゆる全米をどさまわりしていた2年間の様子を2枚組みのアルバムに収録して発売したものです。

甘いルックス、甘酸っぱい曲調の珠玉の作品群、アルバム全体にみなぎる臨場感。このすべてがあいまって評論家も首を傾げるほどの大セールスにつながった。Peterは1950年英国の生まれなのでこのアルバムがヒットした頃は26歳で若さがはじけていた。まさに不遇のどさまわりから誕生した不思議なライブ名盤といえる。当時私も何度ターンテーブルに乗せただろうか?

ロック史上に残るこの迷盤からは3曲のシングルがカットされた。

Show me the way
Baby,I love your way
Do you feel like we do

しかしこの甘いルックスが災いして今後の彼を苦しめることになったw

いつものようつべから↓ドゾ~
Show me the way

でもいまや禿げになったPeterの姿のほうが興味ある。
もちろんこれはG.ハリスンの名曲である。ギタリストらしい選曲だ。
While my guitar gently weeps

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ラジオ関東の全米TOP40は正真正銘にホットな情報満載の、体当たりの手作り感のある番組でした。原版配信元のロスから空輸の貨物便に乗せた原版レコードがストライキや、台風や事故などで届かない、または遅れるということも何度もありました。まさに綱渡り的な番組で製作者はもとより聴衆もハラハラドキドキの連続でした。

1970~80年代はこの番組のチャートの動向である程度世界のレコードの売れ行きや今後の流行がいち早くキャッチできるほど貴重な番組でした。

ケイシーのDJの入った原盤が間に合わないときはチャートを紹介して先週までのランクインした《音源》を流し、New Entryの曲は《音源》がないのでまた来週という対応でやっていました。
今では考えられられないのんびりした世界です。

しかしその分スタッフの結束も固く、一種独特のスタジオの雰囲気で毎回盛り上がっていました。
私は何よりもそのアットホームでそれでいてスノッブな感性がふんだんに盛り込まれたこの番組のとりこになっていました。

(参考)
この番組は毎週ロス・アンジェルスにあるウォーター・マークというラジオ番組の製作会社から3時間分のLPレコードになって空輸されていた。
アメリカのレコード業界誌のビルボード誌上で土曜日に発表されるランクを、ウォーター・マーク社が入手して番組を制作して、全世界のステーションに発送していた。

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全米TOP40(American Top40)はビルボード誌集計のレコードなどの売り上げを元に1970年から米国でスタートしたラジオ番組だ。

しかし私にとっては1972年から1986年までラジオ関東(現アール・エフ・ラジオ日本 通称ラジオ日本)で放送された伝説の番組のことをさす。
当時の番組タイトル名は『全米トップ40』であった。DJは音楽評論家湯川れい子と坂井隆夫アナウンサーのコンビで土曜の夜の11時から翌日午前3時までの放送だった。午後3時に放送が終わると今度はFEN(現AFN)で原版の放送が始まるのでこれまた軽妙なケーシー・ケーセムの声に釣られて朝まで徹夜という週末が定番だった。そして払暁とともに眠るw。


「地面にしっかりあんよを付けて
 星に手を差し伸べて
 きっと元気でいてくださいね」
                 
と湯川れい子がエンディングでバイバイと手を振って終わる。
そして番組ではケイシーの声も同時に流される。

" Until next week,keep your feet on the ground and keep reaching to the stars, and keep your radio tuned right where it is!"

このケイシーのエンディングの決まり文句ってカッコよかったよなあw

Casey Kasem
Casey Kasem

当時はワープロソフトなどないから1位から40位までのチャートをタイプライターで打っていた。これは今でも私の宝物となっている。


この企画はシリーズとして連載予定です。
私の敬愛してやまない
American Top40 with K1 Machida の町田桂一さんに捧げます。

#町田さんは2005年3月6日に急逝されたそうです。ご冥福をお祈りします。

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春はもう間近ですね。
早春といえば一番に思い浮かぶのがスノードロップと水仙でしょうか?
今日は水仙にまつわるお話をしましょう。


それはまだ純真な中学生だった頃、英語の先生が教えてくれたのが
1962年に発売されたブラザース・フォアの「七つの水仙」というロマンチックな歌でした。

Seven daffodils

I do not have a mansion
I haven't any land
Not one paper dollar
To crinkle in my hand
But I can show you morning
On a thousand hills
And kiss you and give you
Seven daffodils

I do not have a fortune
To buy you pretty things
But I can weave you moonbeams
For necklaces and rings
And I can show you morning
On a thousand hills
And kiss you and give you
Seven daffodils

Seven golden daffodils
Shining in the sun
Will light our way to evening
When the day is done
And I can give you music
And a crust of bread

A pillow of piney bows
To rest your head

A pillow of piney bows
To rest your head


要約すると…

豪華な家も、土地もない
お金もない、けれど千もの丘に降り注ぐ朝を見せることが出来る、
そしてキスと7つの水仙を君にあげよう。



今でしたら「何を世迷い言をいってんの?」という声が女性軍から聞こえてくるかも知れませんね。

純真だった当時はこの歌詞に素直に感動出来たものでした。
懸命に辞書を引いては単語を調べた記憶があります。

早春の野辺に咲く水仙にはそんな思い出があります。



でもなあ…月の光で編んだネックレスや指輪をもらっても…
今となっては「人はかすみ(水仙)のみにて生きるにあらじ」と嘯いている自分が見えるw。

悲しい…orz


lake district


↓こんなサイトさんもあるようですね。
ザ・ブラザースフォア(The Brothers Four)博物館

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