全米TOP40

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検索ワードで「コントロールパネルが開かない」の次にたくさんの訪問者があるのが「全米TOP40」なのでシリーズを再開してちまちまと追加してみようかと思います(笑)

Paul Davis
Paul Davis のI Go Crazyは1977年10月から40週にもわたってHOT100にランクインした大ヒット曲です。
当時高校生だった私は片田舎で懸命にラジオのチューニングを合わせて雑音と闘いながらチャートをノートに書き留めていました。

この曲を聴くと今でも当時の思い出や風の匂いが蘇って来ます。
「そんな曲知らん」といわれる方はこういえばわかるでしょうか?
【なんとなく、クリスタル】のサウンドトラックとして使われていたアレです。

全米TOP40ファンとしてはこの映画で日本で大ヒットしてしまったことは少々複雑な思いがあります。
当時はプロモーションビデオもなく、片田舎ではrレアな輸入レコードなど手に入りませんでしたからどんな人なのだろうと妄想は膨らむばかり。
別れた恋人に久しぶりに会って心穏やかでないナイーブな男心がせつせつと歌われています。



2008年4月に60歳で心臓麻痺で倒れてもうこの世の人ではありませんが心に残る名曲として私の胸に刻まれています。


それではこちらからどうぞ。



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前回でも触れましたが全米TOP40は何しろやたらと意欲満々の人たちの集う番組だったからスタッフからも矢口清治、山本さゆり、今泉恵子(現今泉圭姫子)、山本さゆり (敬称略)等の多くの人材が育っていった。それぞれの得意ジャンルを任されて番組内で活躍していた。

さて。手元の資料によると1982年2月20日の放送のNO.1は
J.Geils Bandの「Centerfold」 だった。

Centerfold? 何のことだろう?ここでこの番組ならではのみんなでお勉強が始まるのだ。どうやらこれは二つ折りにされた雑誌の綴じ込み部分の中開きページのことでこの場合はヌードになっている人のことををさすとわかってくる。

この歌は高校時代にあこがれていた天使のようなクラスメイトがいて、ある日エッチな雑誌をめくっていると中開きページでその彼女がヌードになっているのを見つけてしまい嘆き苦しむという男の純情のお話。そして迷った末結局この雑誌を買ってしまうという落ちまでついている。





ちなみに映画「俺たちに明日はない」のボニー役をしていたフェイ・ダナウェイとJ・ガイルズ・バンドのリード・シンガー、ピーター・ウルフとは1974年に結婚し1979年に離婚している。


聞いてみる?

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このはらはらドキドキのホットな番組はリスナーも巻き込んで《未知なる》外国の音楽についての好奇心を満たすために歌詞の意味や、スラング、地理、社会問題までも調べたり、はてはネイティブにたずねまわったりと、お互い情報交換がとても楽しく、勉強になる番組だった。リスナーもやたらと意欲に燃えた人たちが多かった。

そんなわけで毎週土曜の夜が待ち遠しかった。先週○○位だったあの曲はランクアップするかな?とか今週1位のあの曲は新記録を達成できるかな?とか、湯川さんに出されていた宿題は解決するかな?とか。
また湯川さんのお世辞ナシの本音のコメントや、記憶違いのチョンボなどには毎週手紙がどさっと届き良い意味で双方がフィードバックし合って楽しい相乗効果を生んでいた。

<Yesterdays Hits>のコーナーでは過去の懐かしいナンバーが紹介されほっと一息つくことも出来た。
たとえば1981年10月3日放送では
*IF・・・Bread
*Please don't go ・・・KC and The Sunshine Band

<Weekly Spot> では 60年代のヒットポップスとして
*I can't help myself・・・Four Tops
*Tell Me ・・・The Rolling Stones

などが紹介されていた。
ちなみにこの週のNO.1は ”Endless Love だったw。



Bread - If 1971年

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bily



ビルボードでNO1.こそ取れなかったが最高位3位を獲得した78年早春の大ヒット曲。後に彼を代表するナンバーとなった。

1977年にポール・サイモンやボブ・ディランを手がけたフィル・ラモーンをプロデューサーに迎え《The Stranger》を発表。このアルバムからのシングルカット《素顔のままで》は78年のRecord of the yearとSong of the yearを獲得した。
このタイトルって女心をくすぐるんだよね。今だって言われたら嬉しかったりする。
American Top40 with K1 Machidaによると最高位3位で終わっている。
しかし私にとってはNew Yorkを強く意識させるアーティストとの邂逅となった思い出深いナンバーとなった。
今ではNew York 市民の愛唱歌とも言われる「New York state of mind」(1976年)を知ったのはこのヒットのおかげだったw。

でも今回はようつべで
Elton John & Billy Joel の《Goobye Yellow Brick Road》
いちゃいましょう!なかなか珍しい顔合わせです。
Elton Johnの大ヒット曲ですが、しっかりBilly Joel節になっている。







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ラジオ関東の全米TOP40は正真正銘にホットな情報満載の、体当たりの手作り感のある番組でした。原版配信元のロスから空輸の貨物便に乗せた原版レコードがストライキや、台風や事故などで届かない、または遅れるということも何度もありました。まさに綱渡り的な番組で製作者はもとより聴衆もハラハラドキドキの連続でした。

1970~80年代はこの番組のチャートの動向である程度世界のレコードの売れ行きや今後の流行がいち早くキャッチできるほど貴重な番組でした。

ケイシーのDJの入った原盤が間に合わないときはチャートを紹介して先週までのランクインした《音源》を流し、New Entryの曲は《音源》がないのでまた来週という対応でやっていました。
今では考えられられないのんびりした世界です。

しかしその分スタッフの結束も固く、一種独特のスタジオの雰囲気で毎回盛り上がっていました。
私は何よりもそのアットホームでそれでいてスノッブな感性がふんだんに盛り込まれたこの番組のとりこになっていました。

(参考)
この番組は毎週ロス・アンジェルスにあるウォーター・マークというラジオ番組の製作会社から3時間分のLPレコードになって空輸されていた。
アメリカのレコード業界誌のビルボード誌上で土曜日に発表されるランクを、ウォーター・マーク社が入手して番組を制作して、全世界のステーションに発送していた。

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全米TOP40(American Top40)はビルボード誌集計のレコードなどの売り上げを元に1970年から米国でスタートしたラジオ番組だ。

しかし私にとっては1972年から1986年までラジオ関東(現アール・エフ・ラジオ日本 通称ラジオ日本)で放送された伝説の番組のことをさす。
当時の番組タイトル名は『全米トップ40』であった。DJは音楽評論家湯川れい子と坂井隆夫アナウンサーのコンビで土曜の夜の11時から翌日午前3時までの放送だった。午後3時に放送が終わると今度はFEN(現AFN)で原版の放送が始まるのでこれまた軽妙なケーシー・ケーセムの声に釣られて朝まで徹夜という週末が定番だった。そして払暁とともに眠るw。


「地面にしっかりあんよを付けて
 星に手を差し伸べて
 きっと元気でいてくださいね」
                 
と湯川れい子がエンディングでバイバイと手を振って終わる。
そして番組ではケイシーの声も同時に流される。

" Until next week,keep your feet on the ground and keep reaching to the stars, and keep your radio tuned right where it is!"

このケイシーのエンディングの決まり文句ってカッコよかったよなあw

Casey Kasem
Casey Kasem

当時はワープロソフトなどないから1位から40位までのチャートをタイプライターで打っていた。これは今でも私の宝物となっている。


この企画はシリーズとして連載予定です。
私の敬愛してやまない
American Top40 with K1 Machida の町田桂一さんに捧げます。

#町田さんは2005年3月6日に急逝されたそうです。ご冥福をお祈りします。

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