生きる

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春の終わりの日曜日に作ったあの「リンゴのケーキ」はやっぱり毒入りだったのか。。。
などとにわか白雪姫は思いをめぐらせる。


そういえばこの春は毒入りリンゴをたくさん食べさせられたような気が。。。
中でも大当たりだったのが↓これ

毒リンゴケーキ


これを食べたその夜から体調を崩し翌日は倒れてしまった。


ディズニー映画では王子様のくちづけで目覚めることになっているのですが、グリム童話では家来のやつあたりで殴られてのどに詰まっていたリンゴのかけらが吐き出されて蘇生したことになっているようです。(しっかりディズニー映画に洗脳されているので知りませんでした)

「涼宮ハルヒの白雪姫」だとどうなるのかしらん。。。
え?「おおおじさまのきす」 なあんて言ってるのはどこのどなた様でしたっけ?(爆)

う~ん
「大おじさま」といえばアルバートさん(何の話だ?)。。。やっぱり「王子様」だったのねん。







これって自作リンゴのケーキへのやつあたりかなぁ。。。(ぶつぶつ)

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病院というところは何度言い聞かせても点滴を勝手に引っこ抜いて徘徊したり、深夜に咆哮したりと看護師泣かせの患者が数多く棲んでいる。



元気を取り戻した私は同室のそんな患者さん達のお目付け役を言い付かっているのだが。。。


私も実は不良患者をやっている。
21時の消灯と点呼をすませたあとちょっとふらつく足取りでこっそりと病院を抜け出してこのあたりでは有名なたこ焼き店や、コンビニに出没して娑婆の空気を味わっているのだ。

この病院は24時間救急外来を受け付けているので人の出入りには無頓着なのは助かる。。。もちろん無断外出が病棟の看護師さんたちに見つかれば大目玉を食らうとは必定。
そんなスリルを味わいながら深夜に「どん兵衛天ぷらそば」をすすったり、1階の待合室でたこ焼きを食べるのはなかなか楽しい。


病院食で2週間も過ごすと、カレーとか、ラーメンとか、焼きそばとかそんなものが無性に食べたくなってしまうのだった。(爆)



三途の川のこちら側にはおいしい誘惑がたくさんあるのだ。。。


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抱擁

入院して12日目の朝



病院のリハビリとは別にこっそり独自の足のトレーニングを重ねて来た。
昨日初めて病院の屋上で走ってみたのだが、まっすぐ走っているつもりなのに左に左に傾いて旋回を繰り返した。
無理に続行すると左に転倒しそうだったので早々に切り上げた。


今日こそはと思い立ち早朝の屋上で恐る恐る走ってみた。
やった!まだスピードは出せないけれどちゃんとまっすぐ走る事が出来たのだ。
飛び上がるほど嬉しくて嬉しくて。。。熱いものがこみ上げて来た。



その朝、休日にもかかわらず患者の様子を見に来ていた担当主治医に廊下でばったり出会った。

「先生!(看護師さんに)しかられるから内緒よ。。今朝ね走れたの、走れるようになったの、ありがとう」といって思わず西洋式の感謝の抱擁をしてしまった。廊下という往来のど真ん中で(爆)
「よかったよかった、その調子ならきっと全部元通りになれるよ」と一緒に喜んでくれた。



一度失ってしまった「当たり前」をひとつひとつ取り戻す道のりの向こうには私を支えてくれた人たちの笑顔があった。

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入院してあっという間に6日が過ぎた。

容態が落ち着いたので脳の血管造影検査を受けることになった。
これにより動脈解離による右延髄の脳梗塞であることが確定、動脈解離による脳梗塞は若い人に発症する梗塞らしい。。。動脈硬化、血管の詰まりもなく、原因は全く不明。
ストレスであったり、整体などによる無理な運動であったりするとの説明を受けた。



教科書通りの脳幹梗塞の症状が出て、教科書通りの薬が効き、教科書通りの順調な回復を見せていると主治医から告げられた。


これって喜んでいいのか?(爆)
今まで「フツー」とか「教科書通り」とか全く縁がなかったんだけどなぁ。。。

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ある朝、脳梗塞を疑って慌てて近所の救急病院に駆け込んだ私。
MRIやCTを撮っても何も出ず、症状をどんなに説明しても理解してもらえませんでした。
「入院しても何も治療できないから自宅で安静にしてください」とだけ言い渡され何の解決策も導かれないまま帰されてしまったのです。


「そんな事言ったって実際にまともに歩けないし、左半身の表層感覚が麻痺してるし、何もないわけないじゃん。。と心の中で叫んでいました。」

かくて医療難民となった私は脳神経外科では有名な某総合病院にセカンドオピニオンを求むるべく訪れました。

担当の医師は私の訴えを注意深く聞き「その症状ならMRIを撮るまでもなく右の延髄の脳幹梗塞です」と即座に断言した。
「確かに初期の脳幹の血栓はMRIに映らない事もありますが、患者の訴えや様子を診て診断しないと。。。画像診断ばかりに頼っていてはダメです」
  


それは病名がわからず困惑していた私にとって「神の声」にも等しい言葉でした。
医療機器の進歩に伴って生身の患者を観察して診断を下すというもっとも基本的な事がなおざりにされた結果と言えるでしょう。


当たり前の事ですが、自分の命を守るのは自分でしかない。
病院(医者)選びが生死を別ける運命の分かれ目であると痛感させられた体験でした。





もう少しだけ「生きてていいよ」ということなのか(爆)


慢性的な医師不足が取りざたされる中、「診療してもらえただけでもラッキーじゃん」というブラックジョークが友人たちの間で飛び交っていたのは内緒w







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小学生の頃は背が高いばかりに運動会のリレーといえばいつもアンカー
それでも足が速ければいいのだけどのろまで土壇場でほかのクラスの子に抜かれていつもびり。
クラスのみんなのブーイングは当然ですよね。


もともと運動音痴でドッジボールをすればボールが怖いし、逆上がりなども出来なくていつも泣いているような女の子でした。
というわけで体育の時間は憂鬱でしたし、運動会などは大の苦手でした。


そんな私でしたが大人になって何故か「走る」ことに目覚め、走る楽しさを知りました。
このまま走り続ければ空まで翔んでいけるんじゃないだろうかと思えるほどの高揚感を覚えることもしばしばでした。

多分それは競争のない安堵感や、マイペースの走りから生まれる充実感だったのかもしれません。
いつの間にか20年以上にわたって「走る事」が生活の一部になっていました。




だから、フットワークには人一倍自身があった。


ところが。。



ある朝目覚めてベッドから立ち上がろうとすると突然歩行困難になり、壁や階段にぶつかりながらでないと歩く事もままならない状況に陥っていました。
まるで泥酔状態の千鳥足のような感じです。
晴天の霹靂とはまさにこんなことを言うのでしょうか。。。
おまけに左半身の表層神経が完全に麻痺してまるで他人の手足のようです、精神的ショックも手伝ってろれつも回りません。
慌てて近所の救急病院に駆け込みました。
確かに前夜の就寝前は気分が悪く、左手の多少の痺れなどの異変は感じてはいたのですがこんな騒ぎにるなんて誰が想像したでしょう?





結局、紆余曲折を経て右の延髄の脳幹梗塞であることが判明したのは発症から3日目のことでした。血栓から起きる梗塞の治療は一分一秒を争う時間との勝負といわれますがここで大きく出遅れてしました。
脳幹とは文字通り脳の「幹」にあたる重要な部分であり、中でも延髄はもしもメスを入れたら即死と言われるほどの生命維持の中枢回路なのだそうです。あと数ミリ血栓が大きければ死に到る微妙な場所だったのです。

それでも病名がハッキリしたときには不思議な安堵感がありました(笑)
入院は最低2週間、職場に復帰できるのは1ヶ月はかかるだろうと宣告され、途方に暮れていたにもかかわらず、開口一番私が担当主治医に尋ねたのは


「先生、もう一度走れるようになりますか?」
だった。



ただただ空に向かって無心に走りたい。
たったそれだけのために絶望の底から這い上がってみようかと思い直したのでした。




かくてこの事件は明日はわが身と同年代の友人達を十分にへこませるという副産物を残して桜の季節の終焉を飾ることとなりました。





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