著作権

著作権 に関する記事です。
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Yahoo!ブログではそれはそれは有名な「Yahoo大明神サマ」の強制削除権というのがありまして「通称ブログ狩り」などと呼ばれています。
ある日ログインをしようとすると突然IDごと削除されていて

「指定されたブログが見つかりません。ブログが削除されているか、指定したURLが間違っている可能性があります。」

などと表示され、二度とアクセスできなくなります。
明確な削除理由や削除基準の線引きをまったく公表していないので不透明な部分も多いのですが考えれられる削除理由のひとつとしてらんちう氏の「ブログ狩り」というエントリーでは>著作権違反の画像を載せていた為にIDごと削除されたようだと紹介されています。

インターネット上で情報を発信するうえでどうしても避けて通れないのが【著作権】の問題です。昨日知人のサイトでたまたま見つけた著作権について考えてみよう! ではイラスト入りで誰にでもわかりやすく著作権について紹介されていていました。とかく文字ばかりで難解になりがちな【著作権法】ですがこれなら小学生や、中学生でも楽しく著作権について学ぶことが出来そうです。


うん。これはいい 私にもわかるw


#ちょっと耳が痛いナ…orz

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ブログというツールの普及によって誰でもが簡単に自分の情報を発信できるようになりました。その便利さの反面、無断転載や肖像権の侵害などトラブルも多発しています。

今回は引用の仕方の条件を確認してみましょう。
引用の条件とは?

Wikipedia より
条件
著作権法において正当な引用と認められるには、公正な慣行に従う必要がある。最高裁昭和55年3月28日判決によると、「引用とは、紹介、参照、諭評その他の目的で著作物中に他人の著作物の原則として一部を採録すること」である。

1.文章の中で著作物を引用する必然性があること。
2.質的にも量的にも、引用先が「主」、引用部分が「従」の関係にあること。引用を独立してそれだけの3.作品として使用することはできない。
4.本文と引用部分が明らかに区別できること。例『段落を変える』『かぎかっこを使用する』
5.引用元が公表された著作物であること。
6.出所を明示すること。(著作権法第四十八条)



この中で当たり前のようでありながら悩むのがこれです。
なんだそんなの当たり前じゃないかといわれそうですが。
        ↓
5.引用元が公表された著作物であること。
インターネットの世界ではその特性上さっきまであったデータが消えということは多々あります。
たとえば興味のある記事にコメントを入れたけれど、何かの事情で削除されしまった場合(ログは自分が保管をしているなど)それを引用したいときは法的にどうなるのだろう?


著作権法

第4条 著作物は、発行され、又は第22条から第25条までに規定する権利を有する者若しくはその許諾を得た者によつて上演、演奏、上映、公衆送信、口述若しくは展示上映の方法で公衆に提示された場合(建築の著作物にあつては、第21条に規定する権利を有する者又はその許諾を得た者によつて建設された場合を含む。)において、公表されたものとする。

つまり公表された後に、削除されようが、絶版になろうが上記のいづれかの方法によって一度公衆に提示された場合は公表されたものとみなすということです。なので上記のケースは引用の条件に沿って行えば問題なしとなりますね。


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私は著作権保護期間延長に反対を表明します。


多くの理由がありますが先ず
当ブログの<松本零士氏にみる著作権保護期間延長問題>
この例を見ても作者の死後50年以上の著作権の保護の必然性への違和感があります。
延長が創造意欲の維持に役立つとは思えない。

そして社会全体のデメリットを考えるとやはり延長は無用の長物だと考えます。古典の作品は新しい創造の源泉であり、それを元に新しい傑作が生まれている。著作権延長の弊害は文化の発展の妨げであり、日本の国際社会での競争力の足かせとなると考えます。



↑ 反対運動に賛同いただける方はポチッとやってみてくださいw

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このところ著作権保護期間の延長についての議論が活発化している。
著作権保護期間延長論議での松本零士の暴言に思う。


【知はうごく】「松本零士氏 クリエーターの思い」著作権攻防(4)-1(2007年1月31日)
http://www.sankei.co.jp/culture/enterme/070130/ent070130000.htm
50年か70年か、見えない妥協点(2007年01月31日)
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0701/31/news061.html
著作権保護期間は延長すべきか 賛否めぐり議論白熱 (1/3)(2006年12月12日)
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0612/12/news063.html

確かにクリエーターとしての産みの苦しみもあるだろう。
しかしクリエーターは特別だという意識が見え隠れしてどうも不愉快な気分にさせられる。

「自分の死後、家族の生活を守りたいと思うのは、作家もそば屋やうどん屋の主人も同じ。作家の遺族は著作権法で保護されるが、そば屋・うどん屋の遺族を守ってくれる『そば屋法』や『うどん屋法』はない」という中村伊知哉さんの問いかけに対して松本零士さんは「そばやうどんと一緒にしてもらっては困る。作家の作品は残るが、そばやうどんは私にも作れる」と反論した。自営業の人たちが何の危機感も苦労もなく商売をしているとでも思っているのだろうか。

一定期間の著作権の保護は必要だと思う。孫の代まで印税で食わせたいという気持ちもわからなくはない。しかし保護延長の根拠としては社会通念上いささか無理がある。著作権の過剰な保護が新たな創造を阻害するのではないかと考える。それに誰もが著作権を持っている者の驕りと感じているはずだ。
そもそも彼らは著作権の保護期間の延長がないと創作意欲が喪失すると本気で思っているわけではないといいながらもこのような延長運動をして果たしてそれで自分は本物のクリエーターだと言い切る自信があるのだろうか。
本来創作活動という物は自らの心の欲求から必然的に生まれた出たものが原点になっていのでは?

多くの名作を残し一時代を築いた松本氏の発言だけにちょっと痛い。
現役感のなくなった彼から感じ取れるのは孫子に資産を残してやることしか考えられなくなっちゃったの?ってことだ。

# 松本氏の没後50年後を想定してみると…中には作品が発表されて100年を経過している作品もありうるだろう。果たして100年後に人々の記憶に残っている作品がいくつあるのだろうか。

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